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Thursday, April 26, 2007

Update on Misha Girl - ミーシャ近況


So here is our Misha again... 'helping' me to mush some boiled pinto beans! Last Friday she had her 18 months checkup and got only one vaccine this time. She is now 24lbs 12oz,31 1/2 inches. Her recent favorites are boiled mini carrots, raisins, corn, cheese and green beans. She now says 'Anana' (banana) ,'Chees' (cheese), 'Plea' (please), and Peepee and Poopie. Her potty training has officially started, and although she still has some accidents here and there, it is going quite well. Freo (Temesgen's brother) and Genet (his wife) has been a tremendous help in this process.

Weather has been so nice (high: 80s) and Misha gets a lot of playtime outside. She is a very active girl, and see what happened to her (or my, actually) favorite shoes! I need to go shopping for her shoes soon.... shoes do not last so long any more!



最近のミーシャ:「お鼻を拭いて」とティッシュを手渡すと自分で鼻を拭く、床・テーブルの汚れをタオルでこする、それから日本の童謡の振り(大きなくりの木の下で、糸巻き巻き、げんこつ山の狸さん)が上手に出来るようになった。あんまりミーシャが、この童謡の本を持ってくるからか、鼻歌を口ずさむテメスゲンのメロディーが日本の童謡になっている。「夕焼け小焼け」だと哀愁もあるけれど、それが「ドラえもん」だったりすると吹き出しそうになってしまう。私の口調をまね、テメスゲンまでがミーシャに「お腹すいた?」「ご飯食べる?」と日本語で話しかけている。あれー、3ヶ国語教育計画はどこへやら。しかも咄嗟に彼の口から出たのは「あっち来て!」。いやいや、そうじゃなくて「あっちいって」「こっち来て」でしょう・・・

失敗はさておき、語学に強いテメスゲンのこと、ミーシャが小学校にあがるまでに、テメスゲンまで日本語ばりばりになりそうだ。

テメスゲンの弟(フレオ)と奥さん(ゲネット)の助けも借りて、「おむつさよなら作戦」もようやくスタート。失敗もあるが、まあまあ調子よく行っている。私は最近、毎日大学病院に行っているので(夏から小動物の外来担当臨床医として正式採用予定)午後はフレオ達がミーシャを保育所へ迎えに行ってくれる。フレオの大学院が始まるまでの間だけど、家族の輪が広がってとても嬉しい。サンディエゴでは部屋の数からして、長期間滞在してもらうことはできなかったから、いいタイミングだったと思う。

ミーシャの最近の好物はレーズン、コーン、ミニ・にんじんをゆでたもの。お天気がよくて、外の遊び時間も増え、夜もよく寝てくれるけれど、買って間もない靴に穴が・・・。軽くてお気に入りだったのに残念!夏だから、履きやすそうなサンダルでも買おうかな。

Monday, April 9, 2007

Study continues... 馬再び



I was meaning to write about my exam in English (I somehow managed to write in Japanese first, then did not have a chance to write in English so far - I had lots of things to report and haven't digested this whole thing quite well yet). And today I received the letter from AVMA, which caught me by surprise since I was expecting the result to arrive around April 20th. Anyways, I passed 6 categories (Food animal medicine, small animal medicine, surgery, anesthesia, radiology, and clinical pathology) but failed the equine medicine. As I wrote in Japanaese, I did pretty bad in one of the three equine sections (lameness) and have been worried about it. I know what I did wrong and I am responsible for my failure.


My well-needed post-exam break lasted only 1 week (abruptly terminated by this letter), and I will be spending my weekends again in the library for the next couple of months. But I am glad I was able to enjoy spending time with Misha, especially Easter egg-hunting, Temesgen, his brother and his wife who will be staying with us for a while. Now I have to make a new strategy and take the equine section (only) again. No more return - I've never come this close, and I simply cannot let it go no matter what.





今週末はイースター(復活祭)で、保育所をはじめイースターのイベントが盛りだくさんだった。ミーシャはまだ勝手がわからず、出遅れがちだったけれど、うさぎの布を急遽貼り付けた籠をもって、先生達が地面にまいた(小さい子達用。大きい子達にはちゃんと卵を隠す)プラスチックの卵を2つ拾うことができた。中にはチョコレートが入っていて、2重のお楽しみ。市主催のイベントでは、着ぐるみバニー(うさぎ)ちゃんと写真もとって、こちらも大満足。

そして今日家に戻ってきたら、ポストの中に見覚えのある封筒が・・・試験の結果である。びりっとその場で破いてみると、「残念ながら」とある。そう、心配していた馬の部門、やっぱり落ちていたのである。幸い、他はすべて合格で次回は馬だけやればいいのだけれど、この数ヶ月間待ちにまっていたこのお休みがたったの1週間で終わってしまった。でもこれも自分の準備不足。誰のせいでもない。テメスゲンは馬以外は全部受かったのだから、上出来だと言うけれど、後悔の念はぬぐえない。明日になったら、次なる作戦を練らねば。あと一歩のところまで来たのだから、もう後戻りはできない。

ということで、せっかくたくさんの人に応援・手伝ってもらったのに、一回で全部合格できなかったのは残念だけれど、手放しで喜ぶまでにはもう数ヶ月かかりそうです。みんなをがっかりさせちゃって悪いけど、また面白い動物が病院にやってくるかもね。またブログを更新していくので続きをお楽しみに。

Friday, April 6, 2007

試験報告 (とっても長いので注意!)

ラスベガスより無事生還!ミーシャが生まれてから初めての単身旅行、昔の身軽さを取り戻し盛りだくさんの旅だった。

まずは試験前、手術の練習をすべく昔の古巣サンディエゴに到着。レンタカーを借りて、やしの木がそよぐ湾岸沿いの高速を走る。これが毎日の風景だった。昨日までそうだったような、でも何年も前だったような、不思議な気分。そして横にテメスゲンもミーシャもいない。たったの4ヶ月前まではここがスィートホームだった。そして向かう先は子供達を通じて知り合った明子さんのおうち。愛犬ベイリーちゃんと、ますますかわいくなったお嬢ちゃんにほんわかムードをわけてもらい、試験前の緊張感をほぐす。それからアラバマにはない心のこもった日本食ディナー!お嬢ちゃんの面倒を見ながらなかなか食べられない明子さんを目の前に、ご主人とぱくぱく食べてました・・・・ごめん!「何が食べたい」と聞かれて、とっさに頭に浮かんだ「もずく酢」。本当においしかった。この借りはアラバマで返すよ、明子さん!

土日は元職場のサンディエゴ・ヒューメイン・ソサエティーで元同僚と再開。話に花が咲く。ドクターたちもなじみだし、落ちついて、安心して7つ手術の練習をさせてもらった。アメリカのヒューメイン・ソサエティーについては、いずれコラムを書くつもりだけれど、ここは全米でもトップクラスの設備。犬猫たちのアパート(それぞれの部屋)もインテリア・デザイナー学校の生徒達が模様替えしてますます素敵に。

手術が終わり、その足で飛行場へ。いよいよ試験会場のラスベガス。日曜日の夜8時からオリエンテーション、約20名の試験受験メンバーが顔をそろえる。アジア系は私を含め3人、半分以上はカリブ海の獣医科大学を出てアメリカですでに臨床医として働いているアメリカ人ドクターたち(このテストをパスすると全米どこでも働けることになる)。それから前回落ちて、再チャレンジしているドクターたちが10名程度。彼らは勝手がわかっているので、リラックスしていた。

試験1日目(月)
朝7時40分に迎えのバスが来る。
午前:臨床病理学(病理スライド、血液・尿・糞便検査の手技と診断、細菌培養、細菌判定と診断と抗生物質の選択、剖検ほか)
午後:放射線(犬・猫・馬・牛のレントゲン6枚の診断、レントゲン撮影、欠陥レントゲン写真の直し方)

臨床病理は、ほとんどの受験生ができなかったらしく、ランチはしんみーりしていた。私とドイツ人ドクターはアメリカでテクニシャンとして働いてたので、検査関連はお手のもの。それでも自分の診断に少し不安が残る(牛の血液だったので)。アメリカの獣医師は診察、診断、検査の依頼、手術、治療以外はほとんどしない(ましてや私達が当然のようにやっていた犬の散歩や掃除なんてまず考えられない)ので、アメリカ人ドクターたちは検査にかなり苦戦していた。病理のスライドも難しく、実際、ラスベガスはこの病理学の合格率が低い。午後の放射線は、馬・牛の足のレントゲンが難しかったというのが皆の意見だったけれど、他のをあわせれば多分合格点はいくだろう。

試験2日目(火)
朝6時40分に迎えのバン。ラスベガス郊外の牧場に連れて行かれる。ここはカジノ所有者の一人が、アメリカン・クォーター・ホース(アメリカで一番一般的な馬、サラブレッドより少し小さく横幅がある)が好きで、年取った馬や病気の馬を引き取って余生を暮らさせるために設立した。そこにヤギや牛も加わって、私達の大動物試験会場にもなっている。ビュンビュンと冷風が吹き荒れる中、みなつなぎを着、長靴を履いて試験に望む。

午前:馬(1.診断手技:鼻胃チュープ、採血、包帯など20項目程度、2.購入前の診察と問題があれば診断、治療方針、その他馬の飼い主として知っておくべきこと、ワクチンや駆虫など、を伝える、3.跛行診断)各45分
午後:食用動物(1.病気のヤギの診察、2.病気の牛の診察、3.診断手技:胃チューブ、尾椎麻酔、採血、CMTテストなど20項目程度、4.産科:妊娠診断、難産の介助法など)

前回、今まで経験のない馬を重点的に準備していると書いたが、最初の1と2は順調に行き、とってもいい気分で3の跛行診断に行ったのだが・・・ここで陥落。おおざっぱにやっていたので、細かいところまでどんどん質問がきて(たとえば診断麻酔法は主な2つだけ覚えてたのに、他3ヶ所くらい聞かれた)、窮地にどぼーん。どうか、前の2科目で十分点が取れていますように!今は祈ることしかできない。午後はドイツや日本で牛をやっていたし、ヤギはタスキギーでやったことと、割合すぐに正確な診断に行き着いたので問題なし。牛に胃チューブをいれて胃液をとれ、といわれたときは、かなり久々で「えー」と思ったけど、昔やったことはやっぱり手が覚えてるね。無事取れました。それにしても、馬。今でも心配。

試験は番号によって小さなチーム毎に移動することになっている。2日目にもなるとよく話すようになる。うちのチームは女性4名、ドイツ人獣医でアメリカ人と結婚してモンタナにすむユリ、カリブの獣医大出身でニューヨークでドクターとして働いているマレンとバージニア、そして私。ホテルに向かうバンの中は、今日の診断が何になったとか、今日の失敗談で会話が弾む。昨日に続き、今日も不出来で涙が溢れそうなメンバーがちらほら。私も馬で泣きたい気分。みんな、高い受験料はもちろんのこと、長い道のりを経て、ここにきているし、試験半ばで感情も高ぶっている。

ということで、ホテルに着いたらジムに直行した。後味の悪い試験の後は、運動して気分をリフレッシュ!試験中はほぼ毎日ジムに通った。ほとんどの受験者が、睡眠障害、食欲低下を訴えたけど、ホテルの部屋で心配しているより、私はジムにいって走っていたほうが性にあっている。これは日本の国家試験勉強の頃からの習慣。

試験3日目
ついに試験後半!はじめての半日試験。ここからは小動物のみ。すでに臨床医として働いてるメンバーには巻き返しを図るチャンス。
午後:小動物 (1.ECG,処方箋、犬の性周期判定、2.猫の診察、3.翌日に麻酔を担当する犬の術前検査)
今日は皆うまくできて、帰りのバンでも笑顔で笑い声が飛び交う。行きのバンの中で処方箋の書き方を皆で復習したのがよかったので、夜に集まって翌日の麻酔の復習をすることに。ガス麻酔の装置の説明、ガス量・酸素量を決める方式(今まで経験でやってたけど、実際には方式が存在する)、輸液量やドリップ量の決め方(私は今までずっと輸液ポンプを使っていたので、輸液セットのドリップを秒数で計るやり方はほとんどやったことがない)を皆で勉強。だんだんわけがわからなくなった箇所があって、余計パニック。

ほとんどのメンバーがここに来て始めて、食事を取る。

試験4日目(最終日)
朝6時半のバンにのって、試験会場に向かう。みんなで再び麻酔の勉強。私達のチームは午前麻酔をして(他のチームが手術)、午後手術のスケジュール。試験管の質問に答えながら、自分達で計算した前投与薬を与え、留置針をいれ、手術医を呼ぶところまでが90分の時間制限。これはRVTとして働いてたので簡単。私の麻酔はうまくいったのだが、私の台と隣の台で手術をしていた受験生2人が手術で手間取り(一人は無菌的にできず、何度もドレープや器具を交換した上、うまく卵巣を縛ることができず何度もやり直しているうちに時間が過ぎた。もう一人はうまくお腹を開いたものの、卵巣がなかなか出てこず、出血も少量あってパニックに陥ってしまった)、それをみているうちにこちらまで青ざめてきてしまった。しかも私の手術は、出血が多いことと卵巣の支持靭帯が強いことで知られるアメリカン・ピット・ブル。日曜日の練習でちょっとした失敗もしている犬種。麻酔の当番が終わったと同時に、同じく彼らの失敗を見ていたマレンと思わず恐怖のあまり手を握り合ってしまった。試験のうちで、この時ほど恐怖感を味わったことはない。

ということで、ランチのピザもほぼ食べず、手術のシュミレーション。今まで割合落ち着いたやってきた私も、ピットブルということと、前半グループの失敗を見てしまったので、試験で初めてナーバスになっていた。他3人は、もう手術を何年もやってきているので(とはいっても、それで落ちた受験生が過去に何人もいる)、私のシュミレーションに付き合って慰めてくれる。そして私のピットブル準備完了の知らせ。前半チームのように最後で時間がなくならないように、毛刈りから手術室への移動までを超特急で済ます(毛刈りから手術終了まで2時間半がタイムリミット)。そして手洗い、ガウン、ドレープまですべて順調に行く。さっきまでの緊張も、自分の犬を目の前にしたら、このワンちゃんを元気で帰すことが自分の使命(このピットブルはもらわれる先が決まっていた)。恐怖感も消えてしまった。卵巣もすぐ見つかり、心配していた支持靭帯もすぐ切れ、安心して残りの終え、終了時間まで30分以上ある中、無事終了。一番心配していた手術を無事終え、カナダから来ていたインド人受験生(彼は今他の仕事についていて、私と同じく手術の経験が浅かった)と思わず抱き合って祝福!他のメンバーも笑顔で待っていてくれ(彼女達はさすがに早かった)、みなで試験の終了を喜んだ。

まだ終わったという実感がない中、まずはホテルに戻ってシャワーを浴びた後、皆でラスベガスの夜に繰り出した。ドイツ人獣医師のユリのご主人が車を出してくれ、皆でホテル・ベネチアのゴンドラを見、シーフード・レストランでワインで乾杯。結果がどうであれ、ここまでよくやったと皆で自称自賛。ユリのご主人が「ようやく笑顔のユリが戻った」と満足げ。皆いろいろなことを我慢してやってきた。お酒もその一つ。試験が終わった安心感もあり、たったグラス一杯のワインでみんなとっても上機嫌。こうやって一緒に勉強したのがたった4日間だったのが嘘のよう。全米各地のセミナーで獣医師として再会する日を楽しみにしている。





翌朝、サンディエゴに再び戻り、試験後のご褒美としてサンディエゴに1泊2日して友達に会った。サンディィエゴに来てすぐからずっとお友達の利美さんが空港に来てくれ、ランチを一緒にとった後、病院で同僚だったデブラと落ち合い、お気に入りのベトナム料理屋さんで、同じく元同僚で最近、犬のリハビリ療法士として事業を起こした友人を含む女性5人で、大爆笑しながら夕食。そして満腹のお腹をなでながら、更にデブラ宅でアイスクリームを食べる。翌日はもと住んでいたアパートにいって、ミーシャの子守をしてくれたいたガブリエラさんと娘さんのマルセラさんに再会(写真)。メキシコのライスジュース(米の粉をコンデンスミルクとお水で溶いたもの)を楽しみながら、ミーシャの話で盛り上がる。そして、デブラと別れて利美さんのうちへ。この日は肺炎を2月に患った年美さんの快気祝いで、美子さんと恵美子さんと4人で楽しい昼食会に。私はまだアメリカにきて4年のひよっこだけれど、こういう先輩達(在米歴30年以上)が道をつくってくれたからこそ、今の生活がある。もうお孫さんも数人いる恵美子さん、背筋をピシッと伸ばし、活動的で会話もどんどん弾む。先輩3人を前に異国で暮らす熟年日本女性の強さとエネルギーを感じた。

そしてその夜のフライトで我がアラバマへ。薄情娘のミーシャは私が車に乗り込んで10分ほど、私がママだと気づかなかった様子。母乳で育てて、一生懸命(楽しく)育てたつもりが、たった9日間で忘れられたことにショック。でも、昔のように試験後の旅をさせてもらってどうもありがとう。私がいなかった間、パパ・テメスゲンには案の定かなり負担がいったようだけれど、これもこれから段々お礼を返していくね。パートナーがテメスゲンでなかったら、この道は歩いて来れなかったでしょう。

アラバマは春まっさかり。これからみんなでいろいろお出かけしようね。