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Tuesday, October 30, 2007

Uncle Yared!






It is always nice to see friends, and especially the ones whom we shared good times and bad times together. We had such a wonderful time with one of our best friends, Yared, this past weekend. He is originally from Ethiopia, got his veterinary education in Kazafstan (former Russia), and now lives in Germany with his wife and works as veterinarian. I met him at a cattle clinic at school of veterinary medicine in Hannover, Germany, back in January 1999, where he later completed his master's degree of veterinary medicine and obtained German veterinary license. He was my life-saver in Germany (as a translator in the beginning and later as my best friend), and also he is the one who introduced me to Temesgen, who had just finished his PhD program in the same veterinary school. I met him and his wife several times over the past years in Germany, and Temesgen and Misha also met them last month. However it was so special seeing him this time - now that we are 3 1/2 (Temesgen, me, Misha, and one on the way) and both of us are finally licensed and working as vet in each country. This is truly a pleasure of life - having a good friend, I mean really a good one, whom you respect and establish life-time friendship. Of course, Misha loves uncle Yared (every kid loves him and his wife) and knocked his door in the morning saying "Yaid! Yaid!."

We were all invited to our friend's home for dinner on Saturday, and on Sunday we drove him to his sister's home in Montgomery, where his mom also was visiting from Ethiopia. It was great to see his family and expand our "circle of friends" in Alabama. We all look forward to seeing you again, Uncle Yaid (in Misha's word)!


ドイツから、私達の親友、ヤレッドがやってきた。ここから車で45分くらいのモンテゴメリー(アラバマの州都)に住む妹さん夫婦の家に、エチオピアからお母さんが来ているということで、今回の訪問となった。テメスゲンとミーシャは先月、ドイツで彼と彼の奥さんに会っているが、私が最後に会ったのは彼が獣医大学修士を卒業した時、奥さんと相談して、彼には内緒でドイツにひょっこり現れた2003年12月。3年半年ぶり。子供好きな彼にミーシャは大喜び。「ヤイッド、ヤイッド」と彼を追いかける姿がほほえましかった。
私の中で彼はヒーローであり、尊敬する友人の一人である。そしてドイツでへこんだ時も励ましあった同志でもある。彼はカザフスタン(旧ロシア)で獣医教育を受けたあと、政治亡命でドイツへ逃れた。ドイツでは食べるためにいろいろな仕事をし、10年以上経ってから獣医大学で修士号を取得、免許もとった。エチオピア語はもちろんのこと、ロシア語、ドイツ語、英語、すべてほぼ完璧である。出あったのは99年1月、ドイツのハノーバー獣医科大学の牛病院だった。そして、同じ大学で博士号を取得したばかりのテメスゲンに私を紹介したのも彼である。あれから8年、彼はドイツで獣医となり、私達は結婚してミーシャが生まれ、私もとうとうアメリカで獣医となった。ヤレッドがもってきた結婚前の写真やビデオを見ながら昔話に花が咲き、こうやってお互い今の生活にたどり着いたことをとても嬉しく思った。
土曜日夜はタスキギーの同僚であるモハメド先生宅で一緒に夕食。はじめてのスーダン料理。エチオピアの隣国であるスーダン料理はエチオピア料理に近く、とてもおいしかった。そして日曜はヤレッドの妹さん宅で、ヤレッドの家族ととてもいい時間を過ごした。想像していたとおり、心の温かいとてもいい一家。共通の友達が何人か存在することが発覚し、これからこのアラバマでどんどん「友達の和」が広がりそうである。
アラバマに来て来月で1年。ようやく歌のフレーズ、Sweet Home Alabama がなじんできそうな今日この頃です。



Wednesday, October 24, 2007

San Diego Fire - 山火事発生

It was Monday afternoon when we first heard about the evacuation in Ramona area on NPR radio. We had just spoken to our friend in San Diego on the previous night. This is early Wed morning, and some of my friends in Carmel Valley and Del Mar have been already evacuated, others are volunteering at Qualcomm and Del Mar Fairground, and one of the clinics I worked in Del Mar has been closed since Monday. It is spreading too fast.....

Being more than 3000 miles away, I can offer very little help, but we hope that no more houses will be damaged, and no more people and animals, both wild and pets, will be affected. For those of you who live in San Diego county, you have all our prayers and we are thinking of you.


基本的にテレビをほとんど見ない我が家では、世間の情報は新聞、週刊誌TIME、とオンライン・ニュースである。オーバーンの「新聞」というものは地域情報程度のもので、近辺のニュースや毎週どこかで開催されるイベントの予定を見るのには重宝するが、アメリカの政治、文化、世界の情報などといったものは、数行書かれる程度。オンライン・ニュースも時間があれば見れるが、仕事が忙しかったりするとメール・チェックのみになるので、毎日というわけにはいかない。そこで、毎週土曜日にやってくるTIME(タイム誌)の出番である。このTIME誌、日本でも英語の勉強も兼ねて目を通していたが、来年ある大統領選挙のことや、アメリカの教育、文化、健康等に関する調査、州の比較など、本当によく書かれていて、アメリカに来てまだ5年目の私達には貴重な勉強材料である。とくにアラバマは地域柄保守的なので、文化、宗教(南部バプティスト教会の力は本当にすごい!)に関するコメント、ブッシュ政権の批判などはほとんど口に出せない。南部では極少数派のアジア系に属し、非キリスト教徒、しかもブッシュ政権を支持しない私にとっては、正直かなり肩身の狭い場所である。

話がそれてしまったが、今週前半ニュースをチェックしてなかった間にサンディエゴが大変なことになっている。4年前の山火事以上の大規模な山火事勃発。3月、6月とサンディエゴを訪れたが、その時も「雨が降ってないのよ」とよく耳にしていたから、テメスゲンと心配していたのだが。よくコメントを残してくれるお友達の明子さんのおうちにも、海岸から5-10分くらいの場所にあるのに避難勧告が出た。私がアメリカで最初に勤めた動物病院も月曜日から閉鎖。私達が住んでいたUTCとよばれる一帯は大丈夫らしい。同じくUTCに住む利美さんに電話したら、近くに高速が3本走っているので火のコが飛びにくいから、ということ。一番最後にサンディエゴの友達と話したのは、日曜日の夜である。そのときには火事の話は一切でなかった。今日が水曜日。たった2-3日でかなりの被害である。また今日も他の友達に電話をするつもりだが、5000キロも離れていたんじゃあ、友達をおうちにかくまってあげることもできず、動物を預かってあげることもできず、なんとも歯がゆい。今は募金をつのる団体を探すことと、皆の安全を祈ることしかできない。

南カリフォルニアは海岸線にやしの木がしげり、湿度も低く、一年中気温約20度台という、とても過ごしやすい地域である。雨らしい雨が数ヶ月降らないことも珍しくない。ただし、基本的にはスプリンクラーが作動していなければ、全くの砂漠地帯なのである。実際、150年前のサンデェイゴの写真(OldTown) を見たことがあるが、茶色い砂地の大地に家がポツポツ立っている程度だった。飲み水もはるかかなた、ロッキー山脈からくるコロラド川が主な水源である。慢性的な水不足、そして近隣の山に起こる山火事は避けられない。

それにしても、最近ビル・クリントン政権の副大統領、アール・ゴアがノーベル賞を受賞したことは本当に喜ばしい。いまだに「地球温暖化」を堂々と否定する人たちがいるのは私には信じられないことである。前述のTIME誌でもこの夏彼の特集があったが、ブッシュと争った大統領選の時の彼と比べると、アカデミー賞も取った環境ドキュメンタリー「Inconvenient Truth」をはじめ、環境問題を話す彼の姿は、水を得た魚のようである。実際、日本での知名度は低いと思うが、アメリカのメディア女王、世界でもっとも裕福な女性でもあるOprah Winfrey(オプラ)のトークショーでも、「I fell out of love with politics」(政治との恋はさめたよ)と言っていた。選挙戦の時は知らなかったが、彼はもともtかなりの科学通・コンピュータ通で、サーチエンジンのGoogleの役員もつとめている。スティング、レオナルド・ディカプリオやジュリア・ロバーツも環境問題にどんどん入ってきてるし、こういった有名人達が世界に関心をもって動いているのを見るのは気持ちがいい。オプラのこともまたいつか書きたいと思うが、私の中では尊敬し、自分が死ぬまでにぜひ会いたい有名人の一人である。ちなみにネルソン・マンデラ元南アフリカ首相、オノ・ヨーコにも会いたい。

今日は朝4時に目が覚めて、一人こうしてコンピュータの前に座れる時間も日ごろ少ないので、つれづれなるままに書いてしまったけれど、山火事の被害が少ないこと、特に家を失う人がこれ以上でないこと、ペットの動物達はもちろんのこと、サンディエゴ群にたくさんいる野生動物たち(野生の鹿や他の哺乳類、それに私のお気に入りスポットだった、山に近いエスコンディードの野生動物王国の動物達はどうなったのだろうか?)がこれ以上被害にあわないように、祈っている。

Wednesday, October 10, 2007

Finally.... I am a US vet!



Yes, I passed the horse exam and the certificate of completing the ECFVG program (Education Commission of Foreign Graduates) arrived! This means the end of the journey toward the veterinary license - it has been 3 years and 3 months since I first applied in San Diego. I was married but had no kids then, and now I am in Alabama, still happily married and have a 2-year-old daughter and 21 weeks pregnant. I have to say I am not sure how serious I was at application, but when I found myself pregnant with Misha half a year later, I knew there was no way back. All I thought was I would not use this child as excuse for something I could not accomplish in my life. I was not comfortable with "I was (in Japan) / I am (in Japan) / one day I will be (in US) a veterinarian" situation.
My fond memories of this journey include studying in the library with growing belly with one of my best friends, Debra, studying while nursing Misha at home, learning surgery at San Diego Humane Society (special thanks to Dr.Woody, Dr.Katie, and my favorite crew!), working with horses at vet schools at Auburn and Tuskegee Universities. And of course, I would not have reached here without Temesgen - my husband, my best friend, and father of my children. He supported me in every possible way. And of course, my family in Japan was always my biggest cheerleader. Special thanks to my Mom and Dad who paid all my tuition, yet never discouraged me to try something different.

And today, my Visa finally came! I will start working as Out patient Clinician at a small animal teaching hospital at Tuskegee University (where Temesgen also works). One journey ended, and new one begins....

Thank you for all of you who have supported me through this journey - it was challenging and sometimes frustrating, but I had lots of fun after all!




馬の試験が合格して、ついに我が手にアメリカ獣医協会の認定証が届いた。サンディエゴで最初に申し込みしてから3年3ヶ月。思い立ったのはまだテメスゲンと二人生活で、小動物病院で働きはじめて1年経った頃だった。それから妊娠発覚、ミーシャ出産、出産後半年で国家試験受験・合格、アラバマへ引越し、今年の3月に実地試験(6科目合格)、5月に州試験受験・合格、2人目妊娠発覚、9月に実地試験の馬部門再試受験・合格。ここまでの道のりを振り返ってみると、長いようで短いような、大変だったような、でも楽しかったような・・・ミーシャを授乳しながら、国家試験の問題集をめくっていたあの頃が懐かしい。

アメリカに来た時は、ここで獣医をやろうとはあまり思っていなかった。獣医学科卒業で免許ももっていたけれど、獣医大と並行して米軍基地内で夜間、心理学を専攻して卒業してたし、その後ドイツへも通算1年ほど行っていたし、日本でも獣医だけではなく、英会話学校でも教えていたりしたので、必ず獣医の世界で、という気持ちはなかった。それがどういうわけか、犬猫病院でテクニシャンとして働くようになり、どんどんこの道へ。ミーシャの妊娠がわかった時、一番先に頭に浮かんだのは「獣医として働くかどうかは別にして、子供ができたから、アメリカで獣医の免許が取れませんでしたっていうことだけは避けよう」ということだった。

母には「子供もおって、あんたようがんばるねー」っと試験の話をするたびに言われるのだが、アメリカはすごいパワー・ウーマンがたくさんいるので、私自身そんなに大変だとは思わなかったし、今も思わない。

何よりも、私の横にはテメスゲンがいる。あんなにがんばる人が横にいると、自分だけ怠けるわけにはいかないのである。私の勉強のためなら、できる限り何でもしてくれる。これがきっと、彼の子供達の教育に対する姿勢でもあるのだろう。今朝の発見:ミーシャ、1-10を英語、日本語で数えることは知っていたけど、アルファベットがいくつか読めるのである。これには驚いて、オートミールを食べるスプーンを落としそうになった。


うちの両親はいろいろな面で変わっているのであるが、本当に面白いと思うのは、私立獣医大学の費用・生活費を出してくれたのに(アメリカの大学の授業料も、獣医大を卒業するまで払ってくれた。それから残り約1年の生活費・授業料他、ドイツ費用は自分)、「はやく働け」とか、「獣医として行きなさい」とか、そういったことは言われたことがないのである。自分で生活費がまかなえればOkといった感じである。実際、新米獣医の大変さも見たから、獣医をパートにして英会話を教えるようになった頃は内心ほっとした様子だった。ま、その自由奔放さ、放任なところがいいか悪いかは別にして、私にはぴったりだったんだと思う。日本の家族のことを書けばきりがないのだが、そろいも揃って家族5人ともB型。無鉄砲さはかなりの筋金入りである。

そして今日、とうとうビザ認可の報告が来た。ここのところ、週日は家探しに奔放してたのであるが、とうとうタスキギー大学の小動物病院で、獣医としての仕事が始まる。

ここまで手紙、メール、電話で励まし続けてくれた皆さん、どうもありがとう。

アメリカの獣医師生活、ついにスタートです。