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Thursday, July 26, 2007

Discipline しつけ 



A couple of days ago, I was walking around (well, chasing Misha around, to be more precise)in the neighborhood after picking her up at daycare. It was nice evening - people doing BBQ in their backyard, kids playing around, etc. We saw 3 kids playing across the street from our house, and I said hello while passing by with Misha in my arms. Then one little boy, probably 3-4 years old, came up to us and started pumping a big plastic toy. I did not know what exactly he intended to do, but then he pointed that toy, which turned out to be a water gun, to my face and sprayed! (Nothing came out from it really but I felt the air). Another girl, who seemed to be older than the boy, was shouting in the back "You shouldn't do that! You are in trouble!" I told him that he did something very bad to me and he should not do it again, but he smiled and started pumping and sprayed to my leg. Again this girl shouted "Your mom told not to!" Ah huh.... so his Mom is aware of it, I thought. I went straight up to his house and rang a bell. His Mom opened the door - the house was filled with the smell of fried chicken.... good Southern cooking. I told her what had happened and plainly said "I just thought you need to know about it." She deeply apologized and I left.

About an hour later, our bell rang. It was the Mom and the boy. He said "I am sorry." The Mom apologized again and both left. I was sure that the water gun would be in the trashcan soon, if not already done.

This incidence somehow touched my heart - I was not too upset about the boy when he sprayed me, but I just felt the need to correct things before it snowballs. The Mom did the right thing, too - she was very calm when I told her and I felt respected. I know "back in those days," this is how children was disciplined but we now often hear complaints that parents do not listen to others so much regarding the behavior of their own children. It is not only in America but universal. Yes, parents have primary responsibility, but I don't find any problem when we, as community, step in when necessary. I will try to do the same (well, at least I will try.... I know we get unnecessarily emotional when it comes to our children...) when people tell us their concerns regarding Misha. Bravo to the Mom!

2-3日前の夕方、ミーシャと近所で遊んだ帰り、うちのお向かいで男の子二人と女の子が遊んでいた。ミーシャと「ハロー」と手を振って挨拶だけし、通り過ぎようとすると、そのうちの男の子一人、3-4歳くらいだろうか、がおもちゃをもって近づいてきた。何かシュパシュパ押してるなーっと思ったら、そのおもちゃは実は大きな水鉄砲でいきなり私の顔に先を向け、パシャ!水はほとんど出ず空気だけだったのだが、これはいけないでしょう!! 「今とっても悪いことしたんじゃないの?」と言うと、にやりと笑ってまたシュパシュパをはじめ、(この時点で少し年上に見える後ろで女の子が叫んでる「そんなことしちゃだめだよー」)今度は私の膝付近にパシャ。そしてまた女の子が「ママにも叱られたでしょー」っと叫んでいる。ああ、そうか、もうお母さんにもこのことで叱られたのね。それじゃあ・・・・、ということで玄関のチャイムをピンポーン。まだ仕事から帰って間もない様子のお母さんがドアを開けた。キッチンから南部名物、フライドチキンを揚げてる音と匂いが・・・。この出来事を告げるとお母さんはちらっと男の子を見てから、私に深いお詫びの言葉を告げ、「もう2度とさせないようにします」といった。

その1時間後、今度はうちの玄関のチャイムが。そう、お母さんが男の子に自分の口で謝らせるためにやってきたのである。男の子はうなだれた様子で「I am sorry」といい、お母さんが再び謝って帰って行った。

私は水鉄砲をかけられた事に対して怒っているわけではなかったのだが、このお母さんの対処の仕方になんだかちょっと嬉しくなってしまった。「そうあるべき」と言われればそれまでなのだが、他の人に注意された時点でちょっとヒステリックになってしまう親達も結構いると聞く昨今、このお母さんは筋が通っていた。

ミーシャも保育所でクラスメートに何回か噛まれている。一回ずつ必ず事故報告が渡されるので、どうして起こったか理由も知っている。ミーシャもたまに私達を叩くときがあるので、あるとき園長先生と担任の先生に「ミーシャがもし他の子を叩いたり、いじめたりしたら、私達も叱りますからすぐ教えてくださいね」といったら、「ミーシャはいつも仲良く遊んでるから、そんなことはないけど、そういってくれてありがとう。子供達の親がみんなそう言って話を聞いてくれるといいんですけど」といわれた。どこの国でも地域でも、やっぱり子供のしつけに関してみんな敏感になっているのだろう。そんな中で、この近所のお母さん、名前も知らないけれど、先輩ママとして尊敬の念さえ覚えてしまった。

Wednesday, July 18, 2007

「持つべきものは・・・」の追加



Misha at 22 months, wearing a Japanese summer dress (called Yukata) made by my sister (Auntie Maki).

持つべきものは友である、そして手先の器用な妹である。これは妹がミーシャのために手縫いで作ってくれた浴衣。もらった時は、ミーシャはまだうごうごのアザラシちゃん状態で、着れるのはいつやら・・・と思っていたが、ミーシャ22ヶ月。前がほどけるほど元気に走り回ってます。

持つべきものは友である

前回の「愚痴」の記事に関して、家族・友達からいろいろなコメント、アドバイス、励ましの言葉をもらったこと、心にじーんときてしまった。子供の頃から友達には恵まれていた。今は亡き「大嶋のおじいちゃん」が、近所の子供達に「うちの徳子と遊んでやってくれなー」と自転車に乗りながら大宣伝(?)したのが功を奏したのか、小さい頃うちの店(実家は父で3代目の骨董品屋です)や裏の神社には遊び相手がいつもたくさんいた。今33才。まだまだ若輩者で人生修行中の私だけれど、こうやって人生のいろいろな場面で出会った友達にコメントをもらい、そういう友達が距離・年月を経て今でも自分の人生の中にいる、ということがとても嬉しかった。そして、こんなに素敵な人達に囲まれてるのに「ちっぽけな自分」でいることが恥ずかしくなってしまった。私には守るものがあり、やることがあり、自分の足を地面につけてしっかり立っていかなければいけないのである。また胸を張って頭を上げてがんばるよ!皆さん、愚痴を聞いてくれてありがとー!

進展というほどのことはないのだが、いろいろな引き金になったゲネットの言動・行動について、実は結婚して1年いろいろな場面で同じようなことがありフレオも困っている(実際、フレオは教会の集まりや友人と出かけるときも、ゲネットに言わなかったりしてあまり誘わない)ので、「個人的に受け取らないように」というテメスゲンのアドバイスがあった。テメスゲンも自分の妹ではないし、いちいち注意するつもりも必要もない、その責任は結婚したフレオにあり、彼が注意するべきであり、仕事場ほか言動・行動で失敗したり、恥をかいたりしても、自分でその責任を負えばいい、ということだった。前回のブログを書いたあたりから、フレオは自分のお金で食料を買うようにしているみたいだし、私が必要最低限しか料理をしなかったのもあってか、ゲネットもエチオピア料理を楽しそうに作っているようだし、事態はいい方向に向かっているような感じである。前に書いたように、私のやり過ぎが大きな原因だったのかもしれない。テメスゲンいわく、エチオピアでは朝食は食パンに牛乳、昼食はインジェラ(エチオピアの主食、発酵させたクレープのようなもの)と数種類のソース、夜も同じもので、これを毎日繰り返すだけだから、日本のバラエティーに富んだ食生活を見て、戸惑ったのではないか。まあ、このまま距離を置いてもう少し様子を見てみよう。

ということで、私の調子は上向き。私達にはミーシャを守って、いい人間に育てる義務があるんだから、こんなことでへこたれていられないわ。これもいろいろな視点からアドバイスをくれたみんなのおかげです。ありがとう!みんなも困ったことがあったら、いつでも電話・メールしてねー。これからもどうぞよろしく。

Thursday, July 5, 2007

今回はちょっぴり愚痴らせて

ここ1ヶ月くらい、どうも自分のバランスがうまく保てない。「感謝の気持ち」と「笑顔」を忘れずに、勤勉にあくせく働くのを普段は基本にしている(つもり)のだが、どうもうまく行かない。それでどうも、忙しさに加えて、普段の元気なポジティブ・モードになれず、しばらくブログから遠ざかってしまった。

原因はいくつかあるのだが、メインはテメスゲン弟夫婦との共同生活である。彼らは去年暮れ、アメリカ政府から招待を受け、国会でエチオピアの国内選挙について証言するために、留学先のドイツから政治亡命でアメリカにやってきた。国会での証言、人権問題の学会などを数ヶ所終えて、国会議員の援助も終わりに近づいて(それまではワシントンDCのホテル暮らしだった)、ヴァージニア州の従兄弟の家に1ヶ月居候した後、我が家にやってきた。弟のフレオは人権団体から大学院への奨学金をもらえることがもう決まっていたため、夏に大学院が始まるまで、アメリカ生活の基礎(運転免許、労働許可証など)を整えるために我が家に数週間から長くて3ヶ月、滞在するという予定だった。3月半ば、テメスゲンが従兄弟に迷惑をかけるから一時も早く引き取りたい、というのを、「3月末の実地試験が終わるまで待って欲しい」と頼み、彼らは私が試験に出かけた直後、アラバマにやってきた。

それから早3ヶ月。労働許可証の手配や運転の練習、いろいろな送り迎えを経て、ようやく労働許可証が到着、奥さんのゲネットは近くのファーストフードで仕事をはじめ、フレオも運転免許を取り車を買った。これで自立かと思いきや、フロリダの大学院への奨学金には奥さんの生活費が含まれないということが発覚。6月はじめ、フレオに「大学院が終わるまでの一年間、ゲネットはここにおいておきます」と報告を受けた。

このあたりから、どうも私の調子がおかしいのである。テメスゲンにとってみれば、アメリカに住む唯一の身近な家族(従兄弟やおじさんは何人もいる)、しかも実の弟である。私もそう思って、毎日の食事(奥さんは好き嫌いがあり、エチオピア料理以外はほとんどしない、というかできない)はもちろんのこと、フレオの車が来るまで、彼らたちの必要なものも買出しにいってきた。クレジットカードも、私達の口座から落ちるように、彼らの名前で作ってある。私は、仕事が始まっていないとは言え(タスキギー大学での雇用は、南部のスロー・スピードでまだ書類段階)、翻訳もあるし、この1ヶ月はずっと馬の専門病院で実習していたから、毎日6時まで外である。ある日、実習から戻ってくると、「牛乳がなくてミーシャがご機嫌斜めだ」と、彼らから「報告」を受けた。朝出かけたときは、ミーシャが飲む位の牛乳は残っていたのである。ささいな事なのだが、これでぶちっと切れてしまった。自分達は家に一日いたんじゃん!

ここで文化の違いが入ってくる。エチオピアでは、家も食料もあるものを分かち合うのは当たり前。合理的なアメリカでは、居候した時から「いくら家賃と生活費を払いますか」となるだろう。日本的は、困ってる人を助けるのは当たり前だけれど、お互いに遠慮しあう性質があるから、ある程度の距離は保てるのでないか。居候している身には「居候させてもらっている」という感謝の気持ちと遠慮の気持ちがある、と勝手に私が解釈しているところに、問題が生じている気がする。

例えば、「買い物リストに書いてあったパンとジュース、買っておいたよ」と報告すれば、「みんなで食べるように書いたんだ」。私としては、「ありがとう」のひと言ですむのに、こう返されると、「みんな分かちあうなら、どうして買い物や料理などの責任や役割も分担しないのか?」という気分になってしまう。

料理もひと悶着なのである。前に書いたように、ゲネットはあまり料理をしない。いくつか上手にできる料理もあるのだが、大学では寮住まい、卒業してすぐ結婚・出国してしまったため、テメスゲンいわく「普通であれば結婚する準備でできていない状態」で結婚してしまったため、花嫁修業経験がない。フレオは元最高裁判事のエリート(エチオピア最年少の最高裁判事、最高裁判所所長)で、もちろん家のことはしたことがない。フレオはテメスゲン同様、かなり融通がきくので何でもおいしければ食べられるし、「徳子に料理を習うように」と、誰の前でもゲネットに言っている。しかし、「フレオに言われたから」とめんどくさそうに台所に来て、カレーを作っている私を見て「私ならその豆を最初に入れるわ」とか言われると、こっちも実際やりにくいのである。

こんなことが重なってきて、我が家が「心休まる楽しい我が家」でなくなってしまった。

フレオもゲネットも悪い人ではないのである。特にフレオは皿洗いを手伝ってくれたり、最近は掃除機も全部彼がやっている。言ったことは守ってくれる。ミーシャも可愛がってもらっている。こういう雰囲気に勝手にもっていってるのは、私。自分でもわかっているのだが、これがあと1年、しかもフレオなしで続くとなると・・・どうもどんよりしてしまう。

思えばタイミングも悪かった。私達はアラバマに来てから、「試験が終わったらあれをしよう、これをしよう」と楽しみにしていたことがたくさんあった。しかし、これも誘わないわけには行かないし、かといって旅行など、全員の費用を出すとなると諦めることになる。ここでまた、「あと一年続くのか」となってしまう。

共同生活があと1年続くなら、細かいこともちゃんといっておいたほうがいいと思ってやりだしたら、私の言い方が悪かったのか、「そういう言い方はよくない」と逆にゲネットに言われてしまった。これをテメスゲンにいったら、「最小限のことだけコミュニケーションをとって、あとはあまり接触点をもたないほうがいい」とアドバイスを受けた。テメスゲンは本当に人当たりがいい。必要以上のことはやらないし言わない。必要なことは率先してやる。長女器質でおせっかいな私は、どうしてもやりすぎて墓穴を掘っている。

そんなこんなで、長い愚痴になって申し訳ない。こんなに自分のムードをコントロールできないのは、滅多にないのだが、肝心なのはいつもストレスを解消する場だった家がストレスになっていること。あんまりバランスが悪くなって、何か自分の中から出さなくていられなくなってしまった。読んでる家族・友達には聞きたくもない愚痴になってしまって、ごめーん。

次回は、先週行っていたサンディエゴの旅行のことを書くよ。帰ってきてすぐ書きたかったんだけど、またどんよりムードに自分が負けてしまった・・・・。

こんな私をよそ目に、ミーシャは今日も元気です。「きらきら星」と「ABC」の歌のオンパレード!