夏に知り合った日本人のお友達、朋子さんの家族が日本に帰ることになった。朋子さんにはリヤと同じくらいのお壌ちゃんがいて、母乳育児サポートグループのメンバーでもあり、毎月のMoms Night Out(旦那さん達に赤ちゃんを預けてママだけで夜ご飯を食べに行く)でも会ってたし、オーバーンに08年の夏に引っ越してきた知子さん(こちらにもかわいいお壌ちゃんがいる)一家と集まって楽しくなってきたところだった。子供たちも日本語に触れ合う機会が増えて、みんな女の子で仲良く遊んでいたので、とても残念なのだが、ご主人のキャリア・アップのチャンス、朋子さん家族にとっていい将来になるためである。
出会いがあり別れがある、とよく言うけれど、35歳になって思うことは、数年毎日つるんでいたのに全く音沙汰がなくなってしまった友人もいれば、本当に少しの間一緒にいただけなのに、その後連絡を取り続け、遠距離で友情が深くなった友人もたくさんいるので、共有した時間と友情の深さは比例しないのではないか、ということ。いい例になる、すてきな友達を3人紹介したい。
1997年、タンザニアの子島、ザンジバルのゲスト・ハウスである朝、一緒に朝食をとってる間に話に花が咲き、連絡先を交換したプリスカ。彼女はダルエスサラーム大学の3年生で、私は獣医大の6年生になるところだった。その後、彼女はノルウェーの大学院に進み、私がドイツの獣医科大学に行ったとき、ノルウェーで再会。今彼女は2人の男の子の母であり、大学でスポーツ社会学を教えながら、博士課程に進んでいる。働きながら勉強を進め、育児をしている彼女とは共通点も多く、彼女の二人目妊娠とミーシャの妊娠が重なったこともあって、妊娠中・産後休暇中はよくベッドの上でチャットし、友情が更に深まった気がする。タンザニアのこと、アフリカのこと、ヨーロッパのこと、仕事をしながらの子育て、国際結婚のこと、など、話す話題には事欠かない。
青森・三沢の米軍基地で半年ほど、私の心理学の先生だったリーアン。その後彼女はドイツのメリーランド大で教えることになって、ドイツで再会。テメスゲンと知り合った頃、よく彼の話をリーアンにしていた。そしてお互いアメリカに住むようになってからは、サンディエゴでも数回会っている。彼女は歴史的黒人大学の出身で、10年以上アメリカ(本土、ハワイ)・カリブ海、日本・ドイツで大学の教職にいるので、同じく歴史的黒人大学であるタスキギー大学のことや、諸外国とアメリカの大学生の違いなど、話し出したら時間があっていう間に過ぎる。知性の中にユーモアがあふれ、シリアスな話もちょっとお馬鹿な話もできる、いい友人である。
サンディエゴの明子さんも、朋子さんと同じように母乳育児サポートグループで知り合った。出会ってから半年程度で私たちが引越したのだが、今でもお互いのブログに目を通し、近況を自動更新(?)している。子育ての話、日本人の目から見たアメリカ生活など、共感、励まされることも多い。
今日は時間があることをいいことに思うまま、長々と書いてしまったが、要するに言いたいのは「人の出会いとは本当に不思議なもので、一つ一つの出会いがかけがえのないものだ」ということ。
朋子さん、新地点・九州での生活、きっとうまくいくよ!アラバマから応援してるからねー!
2 comments:
お友達が帰国しちゃうのは、ほんと寂しいよね。アラバマに引っ越されちゃうのも寂しいけど(笑)
でも海外で暮らしているからこそ、日本人同士の絆が強いと言うか、助け合ってやっていこうって思うよね。
日本人の友人との交流を通して、言語に限らず、日本の文化を少しでも子供たちが吸収していってくれたらいいなって思います。
もう少し泰造が大きくなったらアラバマへも遊びに行くから待っててねー!
ありがとうございます。
私は本当に素敵な徳子さんfamilyに出会えて幸せ者です。短い間でしたが本当に楽しかったです。
そしてこれからも宜しくお願いします!
また、必ず会いましょうね。
その時を楽しみにしています。
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