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Sunday, January 31, 2010

続:コーヒー

 エチオピアには喫茶店がたくさんある。エチオピアはアフリカ・サハラ砂漠以南で唯一植民地化されたことのない国なのだが、イタリアが北西部を友好的侵略(!?!)したことがあり、イタリアの影響が数多く残る。マキアートもその一つでほぼメニューにのっている。この写真はオロモ族の民族衣装を着たウェイトレスさん、お盆にあるのはミルク入りコーヒーとマキアート。
エチオピアにはたくさん露天があるけど、路上喫茶店もその一つ。黄色のポリタンクには水が入っている。ちなみにアワサの路上喫茶店のコーヒーは1Birr(8円程度)、レストランや喫茶店では3-4Birr(30円程度)。首都アディスでは、値段がこの1.5倍程度になる。
塩入コーヒーに続き、エチオピアで驚いたもの。エスプリ(ミックスという意味)と呼ばれる、紅茶とコーヒー半々の飲み物。味は悪くないんだけど・・・私はやっぱり一つ一つ楽しみたいな。

コーヒーセレモニー

今では世界各地で飲まれているコーヒー、その起源はエチオピアの南部、KAFFA(カファ)。エチオピアでは、私たちが日本でお客様にお茶を出すのと同じ感覚で、食事の後や、来客には必ずコーヒーを出します(コーヒー・セレモニーと呼ばれる)。家だけでなく、レストラン・ホテルでも定刻にコーヒー・セレモニーが行われます(写真上)。
 どこの家庭でもまずは炭をおこして煎るところから。香りを楽しむため、居間で行われることがほとんど。煎っているのはフレオの妻、ゲネットのお姉さん。横にいるのはお母さん。
 そして、煎った豆を挽き・・・と言っても、もちろん機械はありません。なんて呼ぶのかな、すり鉢?臼?ちがうなあ・・・どなたか適切な日本名が分かる方、メールしてください。しっくりこない!手で持つ部分は金属製でかなりの重み。5分もたたき続ければ、できあがりです(もちろん子供たち抜きで集中して叩けば、ということ)。そしてエチオピア独特、黒漆器のコーヒーポットに水とコーヒー豆をいれ、これまた炭の上で沸かすこと15-20分程度。
 そして、アラビアン・コーヒーのように、高い位置からコーヒーカップ(デミ)に注ぎます。コーヒーというより、エスプレッソに近い状態で、現地ではこの小さいデミカップに小さじ山盛り1杯の砂糖を入れて飲みます。農村部では砂糖ではなく、塩。ホザナにあるテメスゲンのおじさんのうちで一度だけ塩入コーヒーが出てきたけれど、あまりのしょっぱさにギブアップ。コーヒーを沸かす時点で塩をポットにいれるため、塩か砂糖か、という選択はないのだそうです。

ちなみにこの写真は、オーバーンに住むエチオピア人の友人が、リヤ出産後、「伝統だから」とコーヒーセレモニー一式をもって我が家でコーヒーを入れてくれたときの物。今回エチオピアに行ってみて、食べ物等困ることが少なかったのは、周りにいるエチオピア人の友人が今までにいろんなことを教えてくれたから。本当に感謝してます。

そして人も皆働く

 アワサ付近で牛に給餌するためのさとうきびを運ぶ女性。
 ハデロ(テメスゲンのご両親が住む村に一番近い町)へ行く道中。大きな籠を運ぶ男性。
 皇帝の別荘もあったワンド・ゲネットにて。温泉が湧き出るリゾート地であるにも関わらず、そこに住む人達の生活レベルの低さに驚いた。近辺の山で木を切って薪にするため、採伐が激しい。子供達は重要な労働力。

ロバは働く


もし生まれ変わっても、エチオピアのロバにはなりたくない。農村部では老人も幼い子供達もせっせと働くエチオピアだけど、ロバ以上に働く生き物はエチオピアにはいないと思う。上はアワサの湖の近くでさとうきびを運ぶロバ、下はホザナ(テメスゲンが高校時代を過ごした地域、今は弟のゼリフンが住む)への道中、お水を運ぶロバ。この2枚の写真はいいほうで、穀物や野菜の入った麻袋を一人で30-40袋引いているロバもたくさん見た。エチオピアに住むことになったら、ロバの病気の勉強をしなきゃね。ちなみにロバの値段は1頭当たり900Birr(1万円弱)だそうです。

Sunday, January 24, 2010

BAJAJ

 インド製のバジャジ、アワサでの生活にはなくてはならないもの。ちょっとあっちに、こっちにという時、本当に便利。バジャジ、という単語は子供達のボキャブラリーにもしっかり加わりました。We tried various methods of transportation in Ethiopia but this BAJAJ (Indian 3 wheeler taxi) was by far the kids' favorite!

Kids in Awassa

Kids make friends everywhere. Color, language, religion, culture.... nothing matters. Can't we go back to thier age? The world will be much more peaceful.

Wednesday, January 20, 2010

Temesgen's family テメスゲンの家族紹介

Mom and Dad
お父さんとお母さん:この写真はアワサのゲスト・ハウス。アワサから車で6-7時間(ほとんど未舗装)、そこから徒歩山道を登ること1-2時間にある村に住んでいる。ほぼ自給自足で、私から見れば尊敬と憧れの生活。物静かなお父さんと話すことの好きなお母さん、え、どこかのカップルに似てる!?! お父さんは昔、牧師(プロテスタント)と教師をしていました。
Child #2: Frew and his family in Virginia
次男(2番目)フレオ(写真左):3年前、アラバマで一緒に住んでいた彼。その後フロリダの大学院、法学部(国際法)を首席で卒業。経済がよくなったら、NGOで人権問題にまた取り組みたいとのこと。奥さんと子供達2人(2人目男の子が11月に誕生)とワシントンDCの近くのバージニアに住んでいる。エチオピアに旅立つ前日の夜、ホテルで落ち合ったときの写真。右が奥さんのゲネット、それから長女のナオミちゃん。
 Child #3 Zewditu
長女(3番目)ゾディトゥ(写真右):お父さんお母さんの村の近くに住んでいる。一番早くに結婚した。左がご主人、中央が娘さんのデス。2年半前からアワサで、次女のツァハイの家に住んで家事を手伝いながら学校に行っている。
 Child #4 Zerihun
第3男(4番目)ゼリフン:アワサの大学を卒業して、ホザナ(アワサから西に車でオフロード4時間)で働いている。アディスでの送迎等を手配してもらったり、外国人の私達を気遣って、衛生面等で問題がないように、配慮してくれた。ミーシャはゼリフンがとても好き。
Child #5 Tsehay (lady in blue) with her daughter, Abigail (girl in pink/orange)
次女(5番目)ツァハイ(写真中央:青のシャツ):テメスゲンと一緒に住んでいたこともあり、親しい。今は元・大学教授で現在は独立したエンジニアのエシェトゥと結婚して、3歳になる娘さん(アビギャ:ツァハイの横、ピンクとオレンジの服)がいる。大学ではビジネス・マーケティングを専攻。料理を教えてもらったり、市場やお土産を買いに連れて行ってもらったり、私達が快適に過ごせるよう、気を使ってくれた。

Child #6 Genet (far right with red scarf: 写真一番右、赤のスカーフ)
第3女(6番目)ゲネット:現在アディスの近くの大学でビジネス・マネージメントを専攻中。寮生活。
Child #7 Habte (photographed by Misha)
第4男(7番目)ハブテ(ミーシャ撮影):エチオピアでは高校最終学年にあたるCollege Prep。ミーシャとリヤがよく遊んでもらい、よくなついていた。化学・生物が好きで、薬学部に進む予定。海外に関心がある。
Child #8 Nebiyu
末弟(8番目)のネビユ:高校生。思いっきり遊んでくれて、子供達にも大人気!ハブテとネビユは、アワサにあるテメスゲンの家の裏に住んでいて、貸家の管理もしてる。
テメスゲンの家族はみんな控えめだけど、親身になって助けてくれるし、とても信頼できるいい家族。テメスゲンは13歳で寄宿舎生活を始めて以来、実際に家族とは長期間暮らしたことがないし(大学で教えてた頃にツァハイは学校に行くため、一緒に暮らしていた)、下のハブテはテメスゲンが獣医大学を卒業したときは乳児、ネビユはまだ生まれてなかった。ドイツの大学院時代は、距離が近いこともあって毎年里帰りしてたけど、今回は10年ぶりの帰国だったし、彼にとっても家族とゆっくり時間を過ごせてとてもよかったと思う。大人になった兄弟と絆を深くし、お互いを知るいいチャンスになったし。みんな腕を広げて私たちを迎えてくれて、本当に感謝です。アメリカに戻ってから、ミーシャもリヤも、Where is Uncle Zerihun, where are Uncle Habte and Nebiyu? と何回も聞き、いろんな人たちが毎日家にいた生活がすこし懐かしいな。